自分サイズの暮らし

何気ない日常の暮らしを気まぐれなペースで綴っています。

スポンサーサイト  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

category: スポンサー広告

tb: --   cm: --

祖母  

春休みを利用して大阪から遊びに来ていた甥っ子・姪っ子達と、
笑いの絶えない日々を過ごしていたとある日、夜中に突然電話が鳴りました。

祖母の最期を知らせる、涙声の妹からの電話でした。
元気だった祖母の突然の死。
肩を震わせて泣く甥っ子・姪っ子達を連れ、
次の日の朝、急遽大阪に帰りました。


お正月明けに自転車に撥ねられ、骨折して入院したけれど、
2週間後の退院日には、驚くほど元気になった祖母。
大事をとり、暖かくなるまで、長女である母と一緒に暮らすことになり、
実家では、祖母・父・母・祖母にとって曾孫にあたる甥っ子・姪っ子達との、
6人の生活が始まりました。

亡くなるまでの2ヶ月、料理・洗濯も手伝い、曾孫には書道を教えていた祖母。
毎晩、曾孫達と一緒にお風呂に入ると嬉しそうに話していた祖母。
夜は、曾孫達が1人ずつ交代で毎日一緒に寝ていたそう。

春休みに、甥っ子・姪っ子達が東京に遊びに来ていたので、
最後の1週間は、祖母と母、親子水入らずの時間を過ごせたのだと、
今となっては思う。

亡くなる日は、母と2人でランチに行き、
夜は、祖母・父・母・たまたま遊びに来ていた妹と4人で
楽しく夕食を終え、「お先に」と笑ってお風呂に入っていったそう。
そして、そのままお風呂の中で、89年の生涯を閉じました。


実家と祖父母の家が隣だったこともあり、私達家族の生活の中には、
いつも祖父母の笑顔と優しさがありました。
私が東京に来てからのこの2年、祖母と会う機会は減ったけど、
その分、ハガキやメール、電話での交流が増えていきました。
手紙
祖母からもらった手紙を改めて読み返すと、
”今の幸せに感謝”という言葉が毎回のように書かれていました。

リビングからの景色を見ながら、祖母と電話した事、
他愛ない日常生活のメールを沢山送ったこと…
祖母は来たことがない東京のマンションなのに、
ここにも祖母との思い出がいっぱいです。

祖母と最後に会ったのは、お正月。
最後に話したのは、亡くなる当日の電話。
祖母が私に言ってくれた最後の言葉は「いつもありがとうね」。

祖母をおくって今日でちょうど2週間。
悲しみはまだまだ癒えそうにないけれど、
祖母からもらった抱えきれない程の愛情を励みに、
少しずつ日常を取り戻していこうと思う。
スポンサーサイト

category: 家族に関するひとコマ

tb: 0   cm: 6

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。